北大路 魯山人

お米の話

近頃は以前のように、やれ播州の米がうまいとか、越後米にかぎるとかいうような話はあまり聞かない。ただ米でありさえすればあり難がるご時世ではあるが、しかし以前でも、米の味に詳しいというひとは少なかった。

うまい米といえば、その昔、朝鮮で李王さまにあげるために作っていた米がある。これはすこぶるうまかった。収穫は非常に少ないが、米粒の形もよく、見たところもきれいな米であった。ただし、あまりうますぎて、副食物がご馳走の目的の場合には使えない。うますぎるというと変に聞こえるかも知れないが、元来米というものはうまいものである。うまいものの極致は米なのである。うまいからこそ毎日食べていられるわけなのである。特にうまい米は、もうそれだけで充分で、ほかになにもいらなくなってしまう。

殊にライスカレーなんてものに使う米は、少しまずい米でないといけない。たとえば玄米だ。

玄米は白米とは別な意味で非常にうまい。玄米のごはんにご馳走をつけて出すのは蛇足である。漬けものでもあれば充分である。だから、いくらうまいといっても、料理の後では邪魔になる。

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