片山 広子

お嬢さん

花の里、吉原にその青年は初めて行つたのである。それから十日位すぎて私にその夜のてんまつを聞かしてくれた。彼と私とは年齢の差を越えての友達だつた。青年は古い紳士の家に生れて上品で神経質だつたが、同時に人のおもひもかけない突飛な真似もする人で、その吉原行きも、小説でも書きたい願ひを持つてゐるのだから、世間のうら街道も時々は歩いてみなければと思ひついた結果らしかつた。さてさういふ場所もどうせ行くなら一ばんとびきり上等の店へ行つてみたいと思つて行つたのださうで、たいへん古い立派な店であつたらしい。そこでやり手のをばさんに自分が初めて来た話をすると、彼女は、それではすつかりおまかせ下さい、あなたにちやうどよくつり合ふ人がをります、ここの店で預かり物のやうに大切にしてゐる人を出すやうに申しませうと言つたさうだ。青年の話ではそこの家では湯殿もトイレットもすべて病院のやうに清潔で、強い薬のにほひがしてゐるので、ぼくは遊びに行つたのでなく、入院したやうな気持になりましたと言つてゐた。さてその大切な預かり物みたいな娘といふのが二十位の非常におちついたお嬢さんらしい女性で、三越のウインドウにある物よりもつともつと美しい着物を着てゐた。すこしづつ話をしてゐるうち彼女がぽつんぽつん言つたところでは、東北の或る旧家で父親が事業熱で破産の一歩手前のところまで来てしまつて、彼女は二年間の約束でこの店に来たが、三万円位が父の手にはいつたのださうだ。(その頃の三万円だから、現代の二百万か三百万の値うちであつたらう。)こんなところに彼女が来たことは親類にも土地の人たちにも秘密で、東京の親類へ預けられて勉強してゐるこ

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