中原 中也

校長

田舎の県立中学で歴史の教師をしてゐた彼が、今度京都の或私立中学の校長を勉めることになつた。頭は良くないが読書家で、読書以外の時間は常に気を揉んでゐなければ済まない男であつた。

丈が低く、セカセカと腰から下だけで歩く、時折首が怖ぢ気のついたやうに揺れる。洋服の袖はまるで中に腕がないかのやうにポウとなつて胴より心持前に振ら下つてゐた。

此の上に載つてる顔――額には動物園の猿のやうな皺が深く刻まれ、その皺と皺との間は筋肉がプクリと高い。色は浅黒く、脂ぎつてもゐる。鼻中隔の着際が生れたばかりの時突かれでもしたやうに窪んで、彼の癇高い声が而も鼻に掛かり、恰度山羊のそれのやうになるのは多分それが原因だらう。又それがために、彼の上唇の辺は見るからに不平の多い人間である。極く田舎の、孝行息によくある、不整で毛の長い眉を持ち、学校に少しでも関係のある者を見る時はその下の黒い瞳がキロリと動いた。白髪交りの荒い頭髪は何時も三四分位に刈揃へられ、さうした顔面の上に「ワ」の字型に懸つてゐた。薄曇りの空が針葉の間から隙いて見える、根を張り樹脂の多い、男松の印象を此の顔は与へた。

彼を校長としてゐる中学は、京都市の私立中学では一番好いと云はれてゐる。彼が此の中学に転任と定つた際、最初此の学校のことゝして聞いたのはそのことであつた。然るに来てみると、彼の眼に映つた此の中学は目茶苦茶なものであつた。彼が今迄、田舎の中学にばかりゐたために一つにはさう思へたのだが、そんなことには気付かなかつた。

青空文庫の作品カード