中原 中也
アンドレ・ジイド管見
ジイドの芸術活動の始つたのは、凡そかのデカダン一派の淋れる頃からだと云ふことが出来る。
思ふにデカダン芸術が好調子であつた時といふのは、猶実生活人の側に健康の或物が可なりに存し、それが崩解しかけてゐたが、崩解してしまつてはゐなかつた時であるやうに思はれる。
一体芸術家が、実生活人に比べて永遠追慕の情の強い所に成立つのであつてみれば、実生活の空気に反撥的である場合にのみ芸術家の生活は弾力的であるのである。デカダン派が好調子であつた場合は、デカダンな生活をすることが当時の実生活の空気に対して程よい反撥となつたのである。それは程よく背を圧する椅子とその背とのやうな関係であつたのである。
で、芸術といふものは自体放散的過程を好むものであるからには、実生活人の側は集積的である方が好都合なのである。無論実生活側の集積的活動が余りに顕著ではまづいのだが、余り弱くても不可ない。最も好都合なのは、その集積的な活動が一先づ結実し、それが下り坂になつたといふ時なのである。