永井 荷風

夜あるき

余は都会の夜を愛し候。燦爛たる燈火の巷を愛し候。

余が箱根の月大磯の波よりも、銀座の夕暮吉原の夜半を愛して避暑の時節にも独り東京の家に止り居たる事は君の能く知らるゝ処に候。

されば一度ニユーヨークに着して以来到る処燈火ならざるはなき此の新大陸の大都の夜が、如何に余を喜ばし候ふかは今更申上るまでもなき事と存じ候。あゝ紐育は実に驚くべき不夜城に御座侯。日本にては到底想像すべからざる程明く眩き電燈の魔界に御座候。

余は日沈みて夜来ると云へば殆ど無意識に家を出で候。街と云はず辻と云はず、劇場、料理店、停車場、ホテル、舞踏場、如何なる所にてもよし、かの燦爛たる燈火の光明世界を見ざる時は寂寥に堪へず、悲哀に堪へず、恰も生存より隔離されたるが如き絶望を感じ申候。燈火の色彩は遂に余が生活上の必要物と相成り申候。

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