石川 啄木
散文詩
曠野
路に迷つたのだ!
と氣のついた時は、此曠野に踏込んでから、もう彼是十哩も歩いてゐた。朝に旅籠屋を立つてから七八哩の間は潦に馬の足痕の新しい路を、森から野、野から森、二三度人にも邂逅した。とある森の中で、人のゐない一軒家も見た。その路から此路へ、何時、何處から迷込んだのか解らない。瞬きをしてゐる間に、誰かが自分を掻浚つて來て恁麼曠野に捨てて行つたのではないかと思はれる。
足の甲の草鞋摺が痛む。痛む足を重さうに引摺つて、旅人は蹌踉と歩いて行く。十時間の間何も食はずに歩いたので、粟一粒入つてゐない程腹が凹んでゐる。餓と疲勞と、路を失つたといふ失望とが、暗い壓迫を頭腦に加へて、一足毎に烈しくなる足の痛みが、ずきり、ずきり、鈍つた心を突く。幾何元氣を出してみても、直ぐに目が眩んで來る。耳が鳴つて來る。