鈴木 三重吉

金魚

町に金魚を賣る五月の、かうした青い長雨の頃になると、しみ/″\おふさのことが思ひ出される。今日も外にはしと/\と蜘蛛の糸のやうな小雨が降る。金魚の色ばかりを思ひ浮べても物淋しい。おふさを思へばうら悲しい。

二人はあの青山の裏町の、下二た間と二階一と間だけの小さい家に住んでゐた。

はじめて世に出す作にかゝつてゐた私は毎晩夜學へ講義に行く外は、晝はいちんち二階に籠つて一字/\に血も黒くなるやうな思ひをして、一つところを消したり直したりばかりして、狂人のやうになつて書いてゐた。おふさはその間下でたつた一人、悄んぼりと、下手な手習ひなぞをして坐つてゐた。今から思へばそれも半分は體の惡いせゐだつたのだらうけれど、おふさはその頃は所つ中はき/\しない顏ばかりして、欝ぎ込んでゐた。

私にはおふさのさういふ心持も解つてゐた。おふさが私のところへ來てゐることが母親の方へ知れてからは、絶えず手紙で以てしつつこく責められて、一ん日も延び/\した心持がしないらしいといふことは私も察してゐた。それでも私はあれの母親が何と言つて來ても、おふさには手紙を出させなかつた。しまひには母親は私へ當てゝさま/″\の事を言つて來る。そんなものはおふさには見せはしないけれど、母親からの手紙だと見れば、何が書いてあるかはおふさにも解る。そんな事で、私に對してもすまない/\といふ念が、おふさの心を痛めてゐるといふことも解つてゐた。けれども私は書かうとする事が甘く書けないと無暗にいら/\して、そんな事に思ひやりもなく、罪もないおふさに當り散らすことが度々であつた。くさ/\して下へ下りて來てもおふさがたゞ自身のことばかりを考へ

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