佐藤 垢石
さしみ
人間は、だれしもおいしい物を食べているときが一番楽しいのではないかと思う。おいしい物といっても人の好みにより、人の舌の経験によって、いろいろちがうのであろうが、私はさしみをもっともおいしいと思って食べているのである。
しかし、さしみといえばどこの料理屋へ行っても、魚屋が持ってくるものはめじまぐろ、しびまぐろ、かじきまぐろ、かつお、たい、ひらめ、ふぐなどばかりで、これらには、舌があいてしまっておいしく感じない。おいしく感ずるのは、なんといってもくじらのさしみである。くじらの肉は腰のあたりがひどくおいしく、なかんずく白ながすくじらといわしくじらが絶品である。くじらは、腐敗するのが早いために、とれた現地で食べるのがおいしく、東京へ持ってきたのはおいしくないと思う。
私は、まだ南極へ行ったことがないから南極の白ながすくじらの美味を現地で味わったことはないけれど、先年宮城県金華山沖百七十海里でとれたいわしくじらの腰肉のさしみには、そのおいしさに一驚を喫した。まぐろの半とろと、牛のひれ肉のような脂肪のきめが肉の間に現われていて、まぐろよりも牛肉よりも、その味に高い気品とやわらかみを持っている。
その味が忘れられず、その後牡鹿半島の鯨港鮎川町へいわしくじらの生の腰肉をたのみ東京へ送らせて味わったけれど、鯨船の上で食べたほどには感じなかったのである。