佐藤 垢石
夜の黒鯛
品川沖道了杭夜の黒鯛釣は、夏の暑熱を凌ぐにこれほど興味豊かな遊びはない。焼けつく都塵を避けて品川、金杉、築地、月島、神田川などの舟宿へ行けば午後三時頃からもう舟は出漁の準備をしている。南の海風は波頭を舟の舳に打たせて涼気肌に迫る。お台場から東南の道了杭につけると、先頭着の舟は見通せない程並んで、互に好適の釣場を選んでいる。
先に河岸を突いた舟は竿を弓のように曲げて黒鯛と引張りこをしているのを見る。四時頃にはもう黒鯛が杭のまわりで餌をあさり始めているのだ。七月二十日前後からよく食い始める。その前からもぽつぽつ釣れていたのであるが、数多く釣れ出したのは最近である。殊に二十日夜が最もよく一舟五十余尾を上げたのさえあった。
しかし今のところまだ形は小さい。二歳の二十匁から三十匁位のもので、時に三歳から四歳がまじるが、これはまれである。形は小さいといっても、江戸前の黒鯛が二、三十尾も釣れれば素晴らしい。結構な御馳走だ。塩焼にも、うしおにも、一塩の干物にも、家族を喜ばすに足りるだろう。
道了杭の釣には新杭と旧杭の釣方があるが今年は新杭の方が盛んだ。竿に二間半調子の軟かいもの、穂先は殊に軟かくする。ハヤ竿でも間に合う。道糸は人造の二厘柄位のもの、竿より二、三尺長くするのである。鈎素は磨き上等テグスの一厘半から二厘位にして、長さは錘下五寸位がいい。鈎素を短くするというのは、捨石に鈎が引っ掛って一夜に十本も十五本も失うからなるべく引っ掛らないようにする用意である。錘はカミツブシの中形一個でよかろう。