岡本 かの子

噴水物語

「それはヘロドトスの古希臘伝説中の朴野な噴水からアグリッパの拵えた羅馬市中百五つの豪壮な噴水、中世の僧院の捏怪な噴水、清寂な文芸復興期の噴水、バロッコ時代の技巧的な噴水――どれもみな目に見えぬものを水によって見ようとする人間の非望を現わしたものではないでしょうか」

「これも理想を追求する人間意慾の現れと見るときには、あまりに雛型過ぎて笑止なおもちゃじみた事柄ですが」

「だが英国くらい昔から噴水に縁の無い国はありませんわ」と若い夫人は老いたる良人のロジャー氏と私を交る交る見て笑いながら言った。

或る年の夏である。ロンドンのチェルシーに住む室内設計家エム・ロジャー氏の客間である。私はロジャー氏の新しく作った室内仕掛けの新噴水を見物するためにエドナ夫人から招かれた。夫人はただ古典詩人というばかりでなく東洋に非常に興味を持つというので、その招待は東洋の婦人の私に近付きを求める為めでもあった。

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