岡本 かの子

娘

パンを焼く匂いで室子は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。

腹部の頼りなさが擽られるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾から頸を上って鼻へ来る。それが逆に空腹に響くとまたおかしい。くく、くく、という笑いが止め度もなく起る。室子は、自分ながら、どうしたことかと下唇を痛いほど噛んで笑いを止め、五尺三寸の娘の身体を、寝床から軽く滑り下ろした。

日本橋、通四丁目の鼈甲屋鼈長の一人娘で、スカールの選手室子は、この頃また、隅田川岸の橋場の寮に来ていた。

窓のカーテンを開ける。

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