登張 竹風
美的生活論とニイチエ
高山君の「美的生活論」を一読せる吾等は、不覚拍案快哉を呼び、心窃かに以為らく。これ実に空谷の跫音也、現代の文士は両手を挙げて之を賛すべしと、然れども事実は此の如くならざりき。これそも/\何の故ぞ。
吾等は吾国批評家の文を読むごとに、その論難の多くは、語の概念の争に止まり、議論の大体に通ずること少なきを歎ぜざる能はず。漫に自己の心を以て他人を忖度し揣摩臆測を以て無用の文字を重ね、恰かも群盲の鼎を評するが如き観あるは、実に今の批評家の通弊に非ずや。
吾等の見る所を以てせば、高山君の「美的生活論」は、明かにニイチエの説にその根拠を有す。さればニイチエが学説の一斑に通ずるものに非ずんば、到底その本意を解し難し、況んやその妙味をや。
高山君曰く、人生の幸福は本能の満足にあり、本能とは人性本然の要求是也と。