賀川 豊彦

死線を越えて

私は、不思議な運命の子として、神聖な世界へ目醒めることを許された。そして、人間の世界の神聖な姿と、自然の姿に隠れた神聖な実在を刻々に味ふことが、私の生活の凡てになつてしまつた。二十二の時に、貧民窟に引摺られたのも、この神聖な姿が、私をそこへひこずつて行つたのだつた。そして、私の芸術も、この美を越えた聖、生命の中核をなす聖なるものを除いて何ものでもない。

一

東京芝白金の近郊に谷峡が三つ寄つた所がある。そこは、あちらもこちらも滴る許りの緑翠で飾られて居るので唯谷間の湿つぽい去年の稲の株がまだ覆されて居ない田圃だけに緑がない。

大崎の方に寄つた谷の奥には大きな雲の上に出る様な大杉が幾十本となしに生えて居る。そこは池田侯爵の屋敷である。白金の岡にはお寺が一軒二軒、中の岡には屋敷も無ければ寺もない。細い栗、楢、櫟が三十本六十本と生えて居る。

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