泉 鏡花・泉 鏡太郎
飯坂ゆき
一
旅は此だから可い――陽氣も好と、私は熟として立つて視て居た。
五月十三日の午後である。志した飯坂の温泉へ行くのに、汽車で伊達驛で下りて、すぐに俥をたよると、三臺、四臺、さあ五臺まではなかつたかも知れない。例の梶棒を横に見せて並んだ中から、毛むくじやらの親仁が、しよたれた半纏に似ないで、威勢よくひよいと出て、手繰るやうにバスケツトを引取つてくれたは可いが、續いて乘掛けると、何處から繰出したか――まさか臍からではあるまい――蛙の胞衣のやうな管をづるりと伸ばして、護謨輪に附着けたと思ふと、握拳で操つて、ぶツ/\と風を入れる。ぶツ/\……しゆツ/\と、一寸手間が取れる。
蹴込へ片足を掛けて待つて居たのでは、大に、いや、少くとも湯治客の體面を損ふから、其處で、停車場の出口を柵の方へ開いて、悠然と待つたのである。