泉 鏡花・泉 鏡太郎
道中一枚絵 その二
(彌次郎兵衞)や歸つて來た、べらぼうに疾いな、何うした。(喜多八)えゝ、車で行つて來たものですから。(彌次)其にしても馬鹿に疾いわ、汝が出掛けてから、見ねえ、未だ銚子が三本とは倒れねえ。第一、此姉さんを口説いて、其返事をきかねえ内だぜ。(女中)存じませんよ。(彌次)や、返事は其か、と額を撫でて、こりや鬱がせる、大に鬱ぐね、己も鬱ぐが喜多八、汝も恐しく鬱ぐぢやないか、何か、又内證で※(「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2-92-68)ころが喰ひたさに、金子でも借に行つたのぢやないか、さもしい料簡は止せ、京都三條通一寸上る邊栗屋與太九郎以來道中で驕らせようとすると飛んだ目に逢ふ。
喜多八何となく樂まず。(喜多)否留守だつたんです。(彌次)フム、(喜多)實は其の東京を出る時から此の靜岡へ着いたら是非尋ねて見よう、久々で逢つて話したいと、樂みにして居たんです。
(彌次)はゝあ、大分執心と見える、別懇な人か。
(喜多)別懇な……何です、親友の細君なんです。