泉 鏡花・泉 鏡太郎
月夜車
一
宴會と云ふが、優しい心ざしの人たちが、なき母親の追善を營んだ、其の席に列なつて、式も盞も濟んだ、夏の夜の十時過ぎを、袖崎と言ふ、………今年東京の何某大學の國文科を卒業して、故郷へ歸省中の青年が山の麓を川に添つて、下流の方へ車を走らして歸つて來た。やがて町に近い、鈴の緒と云ふ橋が、河原の晃々と白い、水の蒼い、對岸の暗い、川幅を横に切つて、艷々と一條架る。袂に黒く、こんもりと濃い緑を包んで、遙かに星のやうな遠灯を、ちら/\と葉裏に透す、一本の榎の姿を、前に斜に見た處で、
「車夫、」
と上から聲を懸けた。