小川 未明
白い影
夏の日のことでありました。汽車の運転手は、広い野原の中にさしかかりますと、白い着物を着た男が、のそりのそりと線路の中を歩いているのを認めました。
このあたりには人家もまれであって、右を見ても左を見ても、草の葉がきらきらと、さながらぬれてでもいるように、日の光に照らされて光っていました。また、遠近にこんもりとした林や森などが、緑色のまりを転がしたようにおちついていて、せみの声が聞こえていました。
白い男を見ると、運転手は、ハッと思って、あわただしく警笛を鳴らしました。なぜなら、汽車がちょうど全速力を出して走っていたからであります。
しかし、白い男は平気で、やはり線路の内側を歩いていました。もうすこし早く、これを見つけたら、こんなに運転手は、あわてることもなかったのでしょうけれど、このあたりはめったに人の通るところでなし、安心をして、彼は前方に見える遠い国境の山影などをながめて、その山の頂に飛んでいる雲のあたりに空想を走らせていたのであります。