小川 未明

一本のかきの木

山にすんでいるからすがありましたが、そのからすは、もうだいぶん年をとってしまいました。若い時分には、やはり、いま、ほかの若いからすのように、元気よく高い嶺の頂を飛んで、目の下に、谷や松林や、また村などをながめて、あるときは、もっと山奥へ、あるときは、荒波の岸を打つ浜の方へと飛んでいき、また、町の方まで飛んでいったことがあります。

どんなに強い風も怖ろしくはありませんでした。身を軽く風に委せて、木の葉のように空へひるがえりながら、おもしろ半分に駆けたこともありました。太陽のまだ上がらない、うす暗いうちから、そして星の光が見える時分、空を、鳴いていったこともあります。

その鳴き声に、眠っている林や、森や、野原が目を醒ましました。中には、「元気のいいからす。」といって、この早起きのからすをほめました。

ほんとうにこのからすは、若い時分は、元気のいい幸福者であったのです。けれど、いまは、からすは、もう年をとってしまいました。そして、だんだんと翼も弱ってくれば、また目もよく見えなくなりました。

青空文庫の作品カード