小川 未明

幸福のはさみ

正吉は、まだお母さんが、ほんとうに死んでしまわれたとは、どうしても信じることができませんでした。

しかし、お母さんが、もうこの家にいられなくなってから幾日もたちました。正吉はその間、毎日お母さんのことを思い出しては、さびしい日を送りました。彼は子供心にも、もうお母さんは死んでしまわれたので、けっしてふたたび帰ってこられないと思いながら、やはりまったく死んでしまわれたとは、どうしても、思うことができなかったのです。あのやさしいお母さんが、この世界のどこにも、まったくいられないと信じたら、そして、もうどんなことをしても、二度と見ることができないと信じたら、彼は、悲しさのあまり、胸が張り裂けてしまうからでありました。

お母さんが、じっと正吉を見つめられるときは、いつも、その真っ黒な目の中に、涙がたたえられていたのを、正吉は忘れることができませんでした。

お母さんがいられなくなってから、正吉は、せめてお母さんの面影を思い出すことを楽しみにしていました。空を吹く寒い風も、また、窓を打つ落ち葉の音も、それをばさまたげるものはなかったのです。

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