小川 未明
みつばちのきた日
雪割草は、ぱっちりと目を開いてみると、びっくりしました。かつて、見たことも、また考えたこともない、温かな室の中であったからです。そして、自分のまわりには、美しいいろいろの花が、咲き乱れていたからであります。
雪割草は、小さな頭の中で、過去を考えずにはいられませんでした。この雪の降る、風の烈しい、岩蔭で咲いた日のことが、ぼんやりと浮かびました。それは、谷から捲き起こる風の叫びであったか、また、山を越えて、あちらの海からうめき起こる波の音であったかしれないが、たえず、すさまじい、魂を戦かせるような響きをきいて、花弁を震わせながら咲いていたのでした。
しかし、その日を不幸だとは考えなかった。春になると、羽のうす紅い、小さなちょうが、たずねてきてくれた。また、夜になると、清らかな星がじっと見守って、いろいろ不思議な話をしてくれたからであります。
「しかし、いったいここは、どこなんだろう。」と、雪割草は、あたりをながめて、独語をもらしました。