若山 牧水
村住居の秋
小さな流
この沼津の地に移住を企てゝ初めて私がこの家を見に来た時、その時は村の旧家でいま村医などを勤めてゐる或る老人と、その息子さんと、この家の差配をしてゐる年寄の百姓との四人連で、その老医の息子さんが私たちの結んでゐる歌の社中の一人であるところから斯んな借家の世話などを頼むことになつたのであつたが、先づ私の眼のついたのは門の前を流れてゐる小さな流であつた。附近を流るる狩野川から引いた灌漑用の堀らしいものではあるが、それでも水量はかなり豊かで、うす濁りに濁りながら瀬をなして流れてゐた。
『今日は雨の後で濁つてますが、平常はよく澄んでるのですよ。』
と、早稲田の文科の生徒でその頃暑中休暇で村に帰つてゐたその息子さんは、同じくその流に見入りながら私に言つた。