上司 小剣
兵隊の宿
一
坂の上の、大きな松の樹のある村總代の家で、あるきを呼ぶ太鼓の音が、ドーン、ドーン、ドン/\/\/\/\と響いてゐたのは、ツイ先刻のことであつたが、あるきの猪之介は、今のツそりと店へ入つて來て、薄暗い臺所の方を覗き込みながら、ヒヨロ高い身體を棒杭のやうに土間の眞ん中に突ツ立てゝゐる。
店には誰れもゐないで、大きな眞鍮の火鉢が、人々の手摺れで磨きあげられたやうに、縁のところをピカ/\光らして、人間ならば大胡坐をかいたといふ風に、ドツシリと疊を凹ましてゐる。
「猪のはん、何んぞ用だツか。」と、若女將のお光は、※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)物の香や酒の香の染み込んだらしい、醤油のやうな色をした竹格子の奧の板場から聲をかけた。