浜尾 四郎

死者の権利

一

実際あった犯罪事件というものはあなた方にとっては割に面白くないものですよ。私達法律家から見て、非常に面白いと見えるものは却ってあなた方の興味を惹かないようですし、またあなた方が特に興味をもっていられるような事件や話は、私達には余り面白くないように思われるのです。之はあなた方探偵小説作家の興味の中心と、われわれ法律家のそれとが大分隔たっているからではないでしょうか。例之、探偵小説には犯人が捕まるまでが多く描かれ、それが興味の中心となっておるようですが、法律家からいえば、犯人が捕まるまでも無論大切ですけれども、捕まってからの方が苦心をする所であり、又興味もある所なのです。それだからどうしてもあなた方がお書きになる小説とは、面白味の中心が違うわけなんですよ。

かつて東京地方裁判所検事であり、今弁護士という職にある土田八郎氏はこう語りながら、スリーキャッスルの煙をふっと天井に向って吹くと、意味あり気に微笑して私を見た。彼がこんな事を言い出したのには理由がある。

私はこれまでたびたび土田氏を訪問して、種々彼の取り扱った事件を聞いたのだが、実は一つも未だ小説の材料に使ったことがない。

青空文庫の作品カード