外村 繁

落日の光景

一

私の妻は乳癌に罹り、築地の癌研附属病院で左胸部の切除手術を受けた。更にコバルトを照射するため、大塚の同病院の放射線科に移ることになった。私達の自動車が大塚の病院の構内に沿って左折した時、道路に面したその石垣の上に、いずれも夥しい花をつけた沈丁花が植込まれているのが、私の目に入った。一瞬、私は噎せ返るような、沈丁花の芳香を幻覚する。

妻の病室は三階の三十八号室である。妻は手術後の経過は良好で、疼痛もなく、至って元気である。勿論、自分で自分に虚勢を張っている点もあろう。築地の時と同じく、妻は荷物を整理したり、事務室や、看護婦室に挨拶に行ったりして、少しもじっとしていない。が、看護婦が入って来たので、妻は漸くベッドの上に上る。看護婦は妻の脈を取り、体温計を渡して、立ち去る。

「やはり奥さまでしたのね。どちらさまかと思っていました」

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