久米 正雄

虎

新派俳優の深井八輔は、例もの通り、正午近くになつて眼を覚した。戸外はもう晴れ切つた秋の日である。彼は寝足りた眼をわざとらしくしばたゝいて、障子の硝子越しに青い空を見やると、思ひ切つて一つ大きな伸びをした。が、ふと其動作が吾乍ら誇張めいてゐるのに気がつくと、平常舞台での大袈裟な表情が、此処まで食ひ込んでゐるやうな気がして、思はず四辺を見巡し乍ら苦笑した。彼は俳優の中でも、実に天成の誇張家であつた。そして其誇張が過ぎて道化た気分を醸す処に、彼の役処の全生命が在つた。彼は新派中での最も有名な三枚目役者だつた。

彼はもと魚河岸の哥兄だつたが、持つて生れた剽軽な性質は、新派草創の祖たるオツペケペーの川上が、革新劇団の旗を上げて、その下廻りを募集した時、朋輩たちの嘲笑をも顧みず、真つ先きにそれに応募した。が、愈々その試験めいたものを受けた時、川上はつく/″\此の※(「毬」の「求」に代えて「鞠のつくり」、第4水準2-78-13)栗頭の哥兄を見て、さて見縊つたやうにかう云つた。

「おまへさんは到底役者になる柄ではないね。」

彼が凡ての言葉を尽したにも係らず、川上は笑つて受け附けなかつた。が彼はそれでも懲りなかつた。而して今度は頭をすつかり剃り円めて、人相を変へて再び募集に応じた。ところが恰度一座が多人数を要したので、彼も川上の眼を遁れ、人々に紛れてうまく採用されて了つたが、入つて了つてから、川上はすぐに彼に気が附いた。

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