小川 未明

火事

季節が、冬から春に移りゆく時分には、よくこんなような静かな、そして、底冷えのする晩があるものですが、その夜は、まさしくそんな夜でありました。一家は、いつものごとく時計が十時を打つと寝につきました。子供たちは、二階へ上がって、まくらに頭を載せると、すぐかすかな、健康で心地よさそうな鼻息をたてていました。兄が十六、弟が十であります。電燈が消されたから、二つのいがぐり頭が並んでいることは暗がりのうちではわかりませんでした。夜は、だんだん更けていきました。

ブウー、ウー、ウー、警笛の声です。まず、眠りからさまされたのが、兄の信一でした。まだ眠りがまぶたに残っていて、顔を夜着のえりに埋めたまま耳をすましていました。

「風がなくていいな。」と夢の中だけれど思っていたときです。蒸気ポンプの轍が、あちらの広い通りを横の方へ曲がったようです。たちまち、ジャラン、ジャランというベルの音が、すぐ近く、大きくきこえました。

「兄さん、火事だよ。」

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