小川 未明

さか立ち小僧さん

こい紫の、ちょうどなす色をした海の上を、赤い帯をたらし、髪の毛をふりみだしながら、気のくるった女が駈けていくような、夏の雲を、こちらへきてからは、見られなくなったけれど、そのかわり、もっとやさしい女神が、もも色の長いたもとをうちふり、うちふり、子どもたちといっしょに鬼ごっこをしているような、なごやかな夕雲の姿を、このごろ毎日のごとく、街の上の空に、ながめるのであります。

こんど、煉炭屋へやとわれてきた少年の秀吉は、仕事がすむと、工場裏の空き地で、近所の子どもたちといっしょにすごす時分、こうして、ひとり空をながめながら、いろいろ空想にふけるのでした。

「小僧さん、さか立ちしてごらんよ。」と、子どもの一人が、彼のそばへよると、ふいにいいました。なぜなら、彼が、ここへきてから、さか立ちのうまいということが、じき子どもたちの間で評判になったからです。それというのも、秀吉が、故郷にいる時分から、さか立ちだけは、だれにも負けまいとけいこをしたからでした。で、いつでも、きげんのいいときには、こういわれれば、

「よし、きた。」と、かけ声をして、うしろへ二、三歩さがり、前へのめるかと思うと、たくみにさか立ちをして、さながら、足で立つように平気で、あちらこちらと、歩きまわりながら、見ているものに、話しかけるのでした。

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