小川 未明
天女とお化け
天職を自覚せず、また、それにたいする責任を感ぜず、上のものは、下のものに好悪の感情を露骨にあらわして平気だった、いまよりは、もっと暗かった時代の話であります。
新しく中学の受け持ち教師となったSは、おけ屋のむすこの秀吉を、どういうものか好きでありませんでした。特別にきらった理由の一つは、ほかの生徒のごとく学科ができないからというのではなく、秀吉がいつも、じっと教師の顔を見つめて、なにか恨みをもつように、あるいは相手の心の内をさぐるように、ゆだんのできぬ、いらだたしい感じを、与えるからでありました。
秀吉は教場へ入ると、目をたえず教師の顔にとめて、ほかへ動かそうとしませんでした。
「いったい、なんのため、こう自分ばかり見ているのだろう。」と、教師は、不快に思いました。で、つい彼にばかり質問する気になったが、なにをきいても、秀吉の答えは、ちんぷんかんでありました。それというのも、よく話を聞いているのではなく、ほかのことを考えているか、また、心の中で、だれにも想像のつかぬようなことを、思っていたからでした。