小川 未明
二百十日
空高く羽虫を追いかけていたやんまが、すういと降りたとたんに、大きなくもの巣にかかってしまいました。しまったといわぬばかりに、羽をばたばたして逃げようとしたけれど、どうすることもできませんでした。
縁先で、新聞を読んでいたおじいさんは、ふと顔を上げた拍子に、これが目に入ってじっと眼鏡の底から、とんぼの苦しがるのを見たのであります。
かわいそうにと、おじいさんは、思いました。年をとると、すべてのことに対して、憫れみ深くなるものです。そして、いまにもくもが出てきて、目の前で、とんぼの殺されるのを見るにしのびませんでした。
「正二や。」と、おじいさんは、孫を呼びました。自分にはどうにもならなかったからです。