小川 未明
婦人の過去と将来の予期
私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、漸く入って来たのでないかと思われる。詩壇に、『星菫派』と称せられた、恋愛至上主義の思潮は、たしかに、このロマンチシズムの御影であった。
それは、ちょうど、今から、ずっと溯った二十年前であった。日本の青年男女に、はじめて交際の自由が唱道せられた時分である。それまでは、男女席を同うせずといったような堅苦しい旧道徳の束縛が、互に物を言ったり、交際するのをすら障げていた。これに対する反動は、たゞちに、恋愛至上主義にまで行ったのである。
その頃の若い詩人や、また文学に志した者が、親達のすゝめる結婚を忌避して、さかんに自由結婚をしたのは、即ち旧道徳に対する破壊運動に他ならなかった。
しかし、それは、『星菫派』と称せられた如く美しい夢に過ぎなかった。彼等は、後に来る経済生活については、考えなかったのだ。しかし、家庭を持ち、子供が生れ、父となり母となるに至って、恋愛至上ということが、事実に於て一片の空想に過ぎないのを知ったのだ。