小川 未明
作家としての問題
もし、その作家が、真実であるならば、どんな小さなものでも、また、どんな力ないものでも、これを無視しようとは思わないでありましょう。
個人は、集団に属するのが本当だというようなことから、なんでも、集団的に、階級的に見ようとするのは、この人生は、常に、唯物的に闘争しつゝあるという見解のもとに、疑いを抱かない、肯定的な議論であります。社会科学としては、それも重きをなす学説にちがいありません。そして、それを信ずることは、その人の勝手です。しかし、芸術には、その他の場合があるばかりでなく、芸術本来の精神は、もっと自由なものであり、その自由の教化に於てこそ存在の理由があるのだと思います。
政治に於ては、党派によって、敵味方に分れていますが、芸術は、そんな不自由なものでない。自から不自由の中に軌範の立ち籠って、政治の前衛をもって任ずるものは、自から異いますが、なるべく、多くの異彩ある作家が輩出して、都会を、農村をいろ/\の眼で見、描写しなければならぬと思います。
作家は、何ものにも囚われてはなりません。もし、囚われた時は、自由人でありません。さなきだに、今の作家は容易に自由人たることを許されていない。芸術家が、精神の自由を得なかった時は、もう死んだも同じようなものです。