小川 未明
純情主義を想う
ナロードニーキ社会主義運動の精神を、私達は、今に於てなつかしまざるを得ない。真実を至上とし、行動を良心の上に置いたからである。彼等は、正義のため、全く自己を犠牲にして惜しまなかった。
私達は、この精神に即してのみ社会運動の意義を見出さんと欲する。そして、この情熱に於てのみ、不断の感激をそゝられるのである。
主観的信念より、客観的組織に就くことは自然として、何等疑いを挾まない。けれど、これしも空想的社会主義から科学的社会主義にいれるものとして価値を差別せんとするに対しては、我等は見界を異にせざるを得ないであろう。
所謂、空想的社会主義と、科学的社会主義との相違は、単に、その手段、方法の問題たるにとどまらず、其処に、性格の相違あり、また、全く人生に対する、前提の同じからざるによるものがある。