小川 未明
自由なる空想
最近は、政治的に行きつまり、経済的にも、また行きつまっている様な気がする。その反映は文芸の上にも現われていないことはない。だが、この時にこそ、文芸は、展開せられるのでもある。我々は、常に、思想の自由を有している。空想し、想像することの自由を有している。外的関係が、心までを萎縮するとはかぎらない。
現実の上に、真美の王国を築くことのできないものはこれを常に心の上で築くことである。芸術は、即ち、その表現である。恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸に於てこそ、最も自由なるのではないか。誰か、文芸は、政治に従属しなければならぬという?
ふたゝび、ロマンシズムの[#「ロマンシズムの」はママ]運動は、起るのでなかろうか。また、このすべての方面に行きつまった時に、我等は、ロマンチシズムの運動を起さなければならぬ。先ず文芸に於て。自由に空想し、自由に想像し、自由に悦楽し、自由に反抗せよ!
新緑の好季節に、雑司ヶ谷の墓畔を散歩すると、そこには、幾何の詩人、作家、批評家が地下に眠っている。私は、共に歩いて来た、長い過去の文壇を願望する。