岩野 泡鳴
泡鳴五部作
一
樺太で自分の力に餘る不慣れな事業をして、その着手前に友人どもから危ぶまれた通り、まんまと失敗し、殆ど文なしの身になつて、逃げるが如くこそ/\と北海道まで歸つて來た田村義雄だ。
小樽直行の汽船へマオカから乘り込んだ時、義雄の知つてゐる料理屋の主人やおかみや、藝者も多く、艀で本船まで同乘してやつて來たのは來たが、それは大抵自分を見送つて呉れるのが主ではなく、二三名の鰊漁者、建網番屋の親かたを、「また來年もよろしく」といふ意味でなつけて置く爲めだ。
渠とても、行つた初めは、料理店や藝者連にさう持てなかつたわけでもない。然し失敗の跡が見えて來るに從ひ、段々融通が利かなくなつて來たので、自分で自分の飛揚すべき羽がひを縮めてしまつたのである。よしんばまた、縮めてゐないにしたところで、政廳の方針までが鰊を人間以上に大事がり、人間はただそれを捕獲する機械に過ぎないかの樣に見爲してゐる樺太のことだから、番屋の親かた等がそこでの大名風を吹かせる勢ひには、とても對抗出來る筈のものではない。