島袋 源一郎
空手道の起原と其の沿革
拙著沖縄案内、風俗の章に「唐手」の一項を掲げて置いたが、之はカラ手に関する文献や資料に乏しき為め、首里に於て発表せられた一部人士の研究を参考にして書いたので妥当を欠くが故に此に之を訂正して置く。
空手の起源については未だ定論はないやうであるが、諸家の説を綜合して見ると、当地では昔から只単に「手」と称し「空手拳頭」を以て敵を倒す武術があったが[#「あったが」はママ]、何時の時代にか「指頭掌力」を極度に練磨して偉大なる武力を発揮する支那拳法が伝来して所謂今日の「空手」に合流し四百年前尚真王の武具撤廃後一段の発達を見たであらう。といふことに大体意見の一致を見たやうである。
若し正史の上に「空手」の文字を求むるなら、球陽尚真王の条に
人、京阿波根実基の名望高きを嫉み、王に讒言したので、王彼を茶席に招き、童子に命じ匕首を以て刺させた、実基手に寸鉄なく只空手を以て童子の両股を折破り、走りて城門を出で中山坊門外に至りて斃る。