小川 未明
しんぱくの話
高い山の、鳥しかゆかないような嶮しいがけに、一本のしんぱくがはえていました。その木は、そこで幾十年となく月日を過ごしたのであります。
人間のまれにしかゆかない山とはいいながら、その長い間には、幾多の変化がありました。人の足の踏み入るところ、また手のとどくところ木は切られたり、また持ち去られたりしたのであります。そして、それは人間ばかりとかぎっていなかった。
あるときは、雨がつづいて、出水のために、あるときは、すさまじいあらしのために、また真に怖ろしい雪のために、その脅威は一つではなかったのです。
同じ生命を有している人間のすることにくらべて、はかり知れない、暴力の所有者である自然のほうが、どれほど怖ろしいかしれないと木は思っていました。しかし、こうした嶮岨な場所に生じたために、しんぱくは、無事に今日まで日を送ることができたのであります。けれど、それは、また偶然であるといわなければなりません。