小川 未明
手風琴
秋風が吹きはじめると、高原の別荘にきていた都の人たちは、あわただしく逃げるように街へ帰ってゆきました。そのあたりには、もはや人影が見えなかったのであります。
ひとり、村をはなれて、山の小舎で寝起きをして、木をきり、炭をたいていた治助じいさんは自然をおそれる、街の人たちがなんとなくおかしかったのです。同じ人間でありながら、なぜそんなに寒い風がこわいのか。それよりも、どうして、この美しい景色が彼らの目にわからないのかと怪しまれたのでありました。
「これからわしの天地だ。」と、じいさんはほほえみました。
石の上に腰をおろして、前方を見ていると、ちょうど、日があちらの山脈の間に入りかかっています。金色にまぶしくふちどられた雲の一団が、その前を走っていました。先頭に旗を立て、馬にまたがった武士は、剣を高く上げ、あとから、あとから軍勢はつづくのでした。じいさんは、いまから四十年も、五十年も前の少年の時分、戦争ごっこをしたり、鬼ごっこをしたりしたときの、自分の姿を思い出していました。