小川 未明
ゆずの話
お父さんの、大事になさっている植木鉢のゆずが、今年も大きな実を二つつけました。この二つは、夏のころからおたがいに競争しあって、大きくなろうとしていましたが、二つとも大きくなれるだけなってしまうと、こんどは、どちらが美しくなれるかといわぬばかりに、負けず劣らずにみごとな色合いとなりました。
年雄くんは、これを見ると、なんということなく悲しくなるのです。そして、ぼんやりと遠い過ぎ去った日のことを考えるのでありましたけれど、考えても、まだ小さかった日のことは、はっきりとわかりません。ちょうど、庭を照らしている初冬の弱い光のように、ところどころ夢のような記憶に残っているばかりでした。ただ、その日のことをお父さんや、お母さんから聞いて、
「ああ、そうであったか。」と、思うばかりでした。その日のことというのは、やはり、こうした寒い、さびしい日のことでした。兄さんと二人は、お縁側で遊んでいました。そこには、このお父さんの大事になされているゆずの植木鉢が、置いてあって、しかもたった一つ大きい実が、枝になっていたのであります。
このとき、兄さんは七つで、年雄くんは五つでした。