田中 貢太郎
萌黄色の茎
給仕女のお菊さんは今にもぶらりとやって来そうに思われる客の来るのを待っていた。電燈の蒼白く燃えだしたばかりの店には、二人の学生が来てそれが入口の右側になったテーブルに着いて、並んで背後の板壁に背を凭せるようにしてビールを飲んでいた。そこにはお菊さんの朋輩のお幸ちゃんがいて、赤い帯を花のように見せながら対手をしていた。
お菊さんは庖厨の出入口の前のテーブルにつけた椅子に腰をかけていた。出入口には二条の白い暖簾がさがって、それが藍色の衣を着たお菊さんの背景になっていた。それは長く降り続いていた雨の空が午過ぎから俄に晴れて微熱の加わって来た、どこからともなしに青葉の香のような匂のして来る晩であった。お菊さんは青いカーテンの垂れさがっている入口の方を見ていた。見ると云うよりは聞いていた。それはのそりのそりと歩く重だるいような跫音であった。
「……何を考えてるの、いらっしゃいよ」
お幸ちゃんの顔がこっちを向いたので、お菊さんは己が北村さんを待っていてうっかりしていたことが判って来た。