田中 貢太郎
警察署長
ニコリフスクに恐ろしい殺戮の起った時分のことであった。そのニコリフスクから五六里離れた村に過激派のクラネクと云う警察署長がいた。
彼はある日事務室にいて己が某命をふくめて外へやった部下の帰って来るのを待っていた。それは浦塩から来て雑貨商を営んでいるローゼンと云う男の女のことを探らしにやったところであった。暖かな春の陽が硝子戸からさして睡いような日であった。彼はジンを飲みたくなったので傍にあったベルを鳴らした。そして、ちょっとの間待っていたが、靴の音もしなければ返事もしないので、今度はやけに強く押し鳴らした。
軽い小さな靴の音がした。部下のタスキンの兵隊靴にしてはちがった音だと思った。と、後の扉が開いて女の子が顔を出した。それはクラネクの女であった。
「お前か、タスキンはいないのか」