田中 貢太郎
車屋の小供
明治も初めの方で、背後に武者絵などのついた人力車が東京市中を往来している比のことであった。その車を曳いている車夫の一人で、女房に死なれて、手足纏いになる男の子を隣家へ頼んで置いて、稼ぎに出かけて往く者があった。
小供は三歳位であった。隣家の者はおもがとおり一片の世話であったから、夜になると、父親の車夫が帰らなくとも、
「もう、爺親も帰って来るから、我家へ往って待っていな」などと云って、小供を伴れて往って、カンテラに燈を点けて帰った。
小供は独り待っていると、淋しくなって来るので、しくしく泣きだした。その悲しそうに泣く泣声が微に両隣へも聞えた。この泣声を聞いては、小供を預っていた隣家の人も可哀そうになって来るので、伴れて来てやろうと思っていると、小供の泣声がぱったり止んで、その小供が何か話す声が聞えて来る。そして、そのうちには笑声も交った。それでは父親が帰ったであろうかと思ったが、帰って来れば空車をがたがたと牽いて来るのが例になっているし、それに小供を頼んであった礼位を云うはずであるから、父親でないことは判っている。おかしいぞと思っていると、小供の声は止んでひっそりとなる。と、暫くすると父親が、空車の音をさして帰って来て、一口礼を云いながら家の中へ入ってしまう。