岸田 国士
留守(一幕)
中流家庭の茶の間――奥の障子を隔てて台所――衣桁には、奥さんの不断着が、だらしなく掛かり、鏡台の上には、化粧品の瓶が、蓋を開けたまま乱雑に並んでゐる。
女中のお八重さんが、長火鉢にもたれて、講談本を読んでゐる。
台所で、「御免下さい」といふ女の声。
お八重さん (起つて行き)あら、もう、後じまひすんだの、早かつたのねえ。御覧なさい、あたしはまだ、そのままよ。どうせお帰りは遅いんだから、何時だつてできるわ。お上んなさいよ。そんなとこに立つてないで……。女の声 ぢや、上らして貰ふわ。まあ。……。(と云ひながら、茶の間にはひつて来る。お隣の女中おしまさんである)お八重さん 一寸、見て頂戴……だらしのないことを……。おしまさん あんた?お八重さん いいえ、奥さんよ。おしまさん うちの奥さんは、それや几帳面よ。鏡台なんか、女中にはいぢらせないの。こんな風ぢや、箪笥の鍵だつて、かけてかないでせう。(かう云ひつつ、箪笥の抽斗を引張る。果して、抽斗が開く)お八重さん こら、こら、なにをする。おしまさん (流石に、恥ぢて、抽斗を閉める)お八重さん さ、ここへお坐んなさい。(座蒲団をすすめる)おしまさん (坐つて長火鉢の縁をなで)しやれた火鉢だね。うちのより上等だ。お八重さん 手入をしないから駄目だよ、お金ばかりかけたつて……(茶器を取り出し、茶をついで出す)何をうろうろ見てるのさ。おしまさん ううん、何か珍しいものはないかと思つて……。お八重さん いま、色々見せるよ。あんたんとこは、何時に帰るの、今日は。おしまさん 夕飯を何処かで食べて来るつて云つて