古川 緑波

富士屋ホテル

箱根宮の下の富士屋ホテルは、われら食子にとって、忘れられない美味の国だった。

戦前戦中、僕は、富士屋ホテルで、幾度か夏を過し、冬を送ったものだった。それが、終戦後、接収されて、日本人は入れなくなってしまった。そして又、それが一昨年の夏だったか、解除になって、再び日本人も歓迎ということになり、ホテルから通知が来た。

行きたいとは思いながら、暇もなかったし、又一つには(と言って、実は、これが重要な点であるが)高いだろうなあと思って、今まで行く機会が無かった。

戦前から戦後にかけての値段は、三食と、お八つ(コーヒー又は紅茶に、トースト)が附いて、バス附の部屋で、一泊二十円(サーヴィス料一割)位だった。さあそれが、今の世の中では、一体幾ら位になっていることだろう。

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