吉川 英治野槌の百一チチ、チチ、と沢千禽の声に、春はまだ、峠はまだ、寒かった。木の芽頃の疎林にすいて見える山々の襞には、あざやかに雪の斑が白い。「あなた。――あなた」お稲は、力なく、前に行く人をよんだ。青空文庫の作品カード