柳田 国男

峠に関する二、三の考察

一 山の彼方

ビョルンソンのアルネの歌は哀調であるけれども、我々日本人にはよくその情合がわからない。日本も諾威に劣らぬ山国で、一々の盆地に一々の村、国も郡も村も多くは山脈を以て境しているが、その山たるや大抵春は躑躅山桜の咲く山で、決してアルネの故郷の如く越え難き雪の高嶺ではない。山の彼方の平野と海とは、登れば常に見える。他郷ながら相応の親しみがある。中世の生活を最も鮮かに写している狂言記、あれを読んで見てもよくわかるが、山一つ彼方に伯母さんがあって酒を造っていたり、有徳人が住んで聟を捜していたりする。自分も子供の頃は「瓜や茄子の花ざかり」とか、「おまんかわいや布さらす」とかいう歌の趣をよく知っていた。その頃は小学校の新築の流行する時代であった。どの山へ登って見てもペンキ塗の偉大なる建築物が、必ず一つずつは見えた。そして振返って見ると自分の里も美しかったのである。

二 たわ・たを・たをり

境の山には必ず山路がある。その最初の山路は、石を切り草を払うだけの労力も掛けない、ただの足跡であったのであろうが、獣すら一筋の径をもつのである。ましてや人は山に住んでも寂寞を厭い、行く人に追付き、来る人に出逢おうと力めるから、自然に羊腸が統一するのである。それのみならずどうしてこの山を越えようかと思う人の、考がまた一つである。左右の麓を回れば暇がかかる、正面を越えるなら谷川の川上、山の土の最も多く消磨した部分、当世の語で鞍部を通るのが一番に楽である。純日本語ではこれを「たわ」といい(古事記)また「たをり」ともいっている(万葉集)。「たわ」「たをり」は地名と為って諸国に存するのみならず、普通名詞と

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