小川 未明
時代・児童・作品
時代は、生動しています。それが、行き詰まった状態にあり、そして、暗ければ、何等かの自由と明るみを求めるものです。常に、人間の努力があり、諧謔が伴い、意志の発動する所以であります。
文学には、その影をうつしている。この意味に於いて、児童文学の作家は、社会の動きを認識しなければならない。なぜなれば、時代の影響と、その時代の感覚をもっとも鋭敏に反映するものは、児童だからです。要するに社会も、児童も、共に動いているからです。
故に、時代の色彩、感覚、方向を、はっきりと見得るものにとって、その芸術が生気を帯び、はつらつたることは、極めて当然のことであります。しからざるかぎり、芸術は、静的なものとなって、時としては倦怠した存在にしかすぎないことがあるでありましょう。
たとえば、技巧とか、主義とかいうものは、もとより作品を構成する上に於いて、重要なものに相違ないけれど、作品の新鮮味如何ということとは、全く別であります。動いている形に於いてのみ、新鮮さはあらわれます。作品を生動せしめなければならぬ所以です。