太宰 治

横綱

二、三年前の、都新聞の正月版に、私は横綱男女ノ川に就いて書いたが、ことしは横綱双葉山に就いて少し書きませう。

私は、角力に就いては何も知らぬのであるが、それでも、横綱といふものには無關心でない。或る正直な人から聞いた話であるが、双葉山といふ男は、必要の無いことに對しては返辭をしないさうである。お元氣ですか。お寒いですね。おいそがしいでせう。すべて必要の無い言葉である。双葉山は返辭をしないさうである。

何とか返辭をしろ、といきり立ち腕力に訴へようとしても、相手は、双葉山である。どうも、いけない。

或るおでんやの床の間に「忍」といふ一字を大きく書いた掛軸があつた。あまり上手でない字であつた。いづれ、へんな名士の書であらうと思ひ、私は輕蔑して、ふと署名のところを見ると、双葉山である。

青空文庫の作品カード