牧野 信一

祖母の教訓

実家を離れて、ひとり住ひをして見ると、私は祖母のことを往々思ひ出す、一昨年の春、七十余歳の老衰病で静かに歿くなつた母方の祖母である。

何年か前の学生時分、東京で永くひとり住ひをしたが、一週間に一度は屹度実家へ帰つたものだ。「一週間に一度」は妙だが――当時稀に見る怠惰学生だつた自分は、土曜日も日曜日もあつたものぢやなかつたのだが、帰る時は必ず土曜日を定めて帰り、月曜日の朝きちんと再び帰京するのだつた。それで祖母と母との手前に、暗に「善良な学生」を取りつくろひ、同時に自らの怠惰を責める楔とした。――何でも一度、落第を余儀なくされた時、怠惰学生には多く豪傑の徳があるが、自分にはそれが無く至つて小胆で、大いに狼狽して、一寸世をあぢけ無く思つたりしながら倉皇と先づ祖母の許に走つた。だが自分は祖母の部屋へ一思ひに飛び込めずに廊下にたゞずんだ。

「誰だ! そこに立つてるのは?」

「…………」

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