牧野 信一
消息抄(近頃書いた或る私の手紙から。)
母家
何故現在の住所を書いて寄さないのか? と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ! あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を予の宛名にはしてゐるが。哀れな母家は当分あの儘で汝も知つてゐるあの田舎に、形こそ違つたが存続するだらう。予も何時其処に帰るかも解らない。母家が存続する限り汝は、予の寓居を知りたがる必要はないだらう。
今度は何処に住はうかしら?
汝も知つてゐる筈だ、予が住に関してはその衣食と同じく何んなに無関心であつたか! かゝる予が近頃切りに思ふことは、斯様な思ひである。一つは未だ田舎の家には帰りたくない心もあるからなのだ。