牧野 信一
趣味に関して
眼鏡
或日、趣味に関して人に問はれた。
稍暫く私は、堅く首を傾けて忠実に沈思した――結局、酒なのか? と訊ねられた。それも私は、烏耶無耶に、否定するほどの気力もなく、何となくかぶりを振るだけのことだつた。私は困つて、私のこの殺風景な居室を見ながら、どうして貴君はそのやうな質問を、然も熱心に訊ねる気になつたのですか? と云はずには居られなかつた。客は、それが今日の自分の仕事なのだと云つた。私は、恐縮した。そして彼の仕事が水泡に帰するのであらうことを慮つて、気の毒な気がした。――他人の趣味を訊ねに行くことはちよつと面白いだらうな、その仕事こそ私には趣味が感じられさうだ、と私は心から羨望した。
「そこの机の上に双眼鏡が二つ載つてゐるが、一つは、それはプリズムぢやないんですか?」